DRMは電子書籍の必要悪か
音楽配信におけるDRM
電子書籍の普及を考える場合、不正コピーの問題をどう考えるかは重要なポイントになります。店頭での万引きやデジタル万引きが書店で大きな問題となっている現在、それ以上に手軽かつ広範囲に行える電子書籍の不正コピーを許すと出版自体が存続できないという危機感を抱く出版社は少なくないでしょう。
そこで、今回はまず、書籍よりもはやくデジタル化の波が押し寄せた音楽の世界における不正コピーの防止問題を紹介し、電子書籍について考えていくことにしましょう。
音楽の分野では現在、インターネットによるデータ流通が当たり前に行われています。音楽の場合、1990年代にMP3フォーマットが登場し、CDに収録されている楽曲を軽いデータとしてパソコンや各種デバイスに保存・再生できるようになったことで、デジタルデータ流通の環境が整いました。
1990年代後半にはインターネット経由での楽曲配信の試みも始まりましたが、1999年にP2P(Peer to Peer)技術を使ってユーザー間でMP3などのファイルを共有するNapsterが欧米で爆発的に流行、その多くが著作権侵害にあたるとされたことなどから、デジタル配信に対する警戒感が強まります。
2000年にはパソコンへのコピー防止を目的としたコピーコントロールCDが登場(再生不能機器の存在、音質の劣化などトラブルが多く今ではほとんど使われていない)しますが、コピー防止の決め手とはなりませんでした。
一方、インターネットでの楽曲販売では、デジタル著作権管理(Digital Rights Management:DRM)技術を使って配信する仕組みが考えられました。DRM技術を使った配信の場合、コピーやCDへの書き込みの制限などを設定できるため不正コピーの防止にはなりますが、他のデバイスに移せないなどユーザーの権利を制限する側面があったことも否定できません。そのため、この仕組みを使ったネット販売も当初はなかなか普及しませんでした。
2003年、携帯デジタルプレーヤーiPodが大ヒットしていたアップル社が音楽配信サイトiTunes Music Store(現iTunes Store)を立ち上げたことで、状況は大きく変わることになります。iTunes Music Storeはアップル社独自のDRMであるFairPlayを採用していましたが、ファイルのコピー自体には制限がなく、iPodへの転送およびCDへの書き込みも無制限に可能と、他の販売サイトと比べて自由度がかなり高いものであり、価格の安さも相まって瞬く間に世界中の音楽配信市場を席巻します。
なお、iTunes Music Storeは日本では2005年に開設され、やはり大きな成功を収めますが、レコード会社、所属事務所単位で楽曲を提供していないところがあり、また日本では着うたなどの販売が多いことなどから、欧米ほどのシェアは獲得できていないようです。
さて、米国の音楽ダウンロード市場におけるiTunes Storeのシェアは2006年時点で約70%ときわめて高くなっていますが、一方で猛烈な勢いでシェアを拡大しているのがアマゾン社のダウンロードサービスAmazon MP3です。2007年に登場したこのサービスは、販売されるすべての楽曲がDRMフリーというのが大きな特徴でした。
一方アップル社もやはり2007年はじめにはDRMなしの楽曲販売(iTunes Plus)をレコード業界に提唱、現在では全ての楽曲のダウンロード販売がDRMなしになっています。
このように、DRMがあることによって立ち上がることができたといっても過言ではない音楽ダウンロード販売の世界でも、今後はDRMフリーが一般的になっていくようです。
音楽配信でどうしてDRMフリーが可能になったのか、その理由としては、独自のDRMを使うアップル社に対して囲い込みの批判が起き、アップル社がその圧倒的なシェアを背景に、レコード会社に対してDRMなし配信を飲ませるだけの強い立場にあったこと、さらにアップル支配に対する懸念からレコード会社がアマゾン社のサービスに肩入れしたことなどが挙げられるでしょう。配信する側からすれば、DRMを付けて不正を防ぐより利便性を高めてユーザーを増やしたほうが得だという計算もあると思われます。
もちろん、レコード会社としては不正コピーに対する懸念は小さくなかったはずですが、ユーザーの立場からすればDRMはないに越したことがないものであり、アップルやアマゾンは供給側の論理より消費者側の利益を優先したということもできるわけです。欧米ではCDの売り上げ減少はネット配信の増加以上に進んでおり、ネット配信への依存度は急速に高まっています。DRMを外すことでユーザーの増加を見込めるのであれば、レコード会社としては不正コピーが多少増えても目をつぶるということなのかもしれません。
電子書籍のDRM
では、電子書籍においてDRMはどのようになっているのでしょうか。米国で最大のシェアを誇るアマゾン社Kindleの場合、AZWという独自のフォーマットでDRMを付加した電子書籍が販売されています。
また、現在アマゾンKindleを猛追しているNookのB&N社は独自DRMを掛けたEPUBおよびAdobe ADEPTを使ったEPUB、PDFを販売しています。ちなみにAdobe ADEPTはAdobe社の開発したDRM技術で、多くの電子書籍販売サイトで採用されているものです。一方、アップル社のiBookstoreは楽曲配信でも使われているFairplayを採用したEPUBを扱っているようです。
電子書籍では、これまでデバイスや配信サイトごとに使われるフォーマットが異なる点が普及におけるネックの一つと言われていました。しかし、多くのフォーマットをサポートしているソフトもあり、また、配信サイトでも複数のフォーマットを扱っているなど、必ずしもフォーマットが統一されていないことが普及の障害になるとはいえません。むしろ、フォーマットが同じでもDRMの違いで読めないということのほうが大きな問題でしょう。
たとえば、アップルのiBookstoreで販売するEPUBと、B&Nで販売するEPUBでは中身もフォーマットも同じであったとしても、DRMが異なるために互換性はありません。iBookstoreで購入したEPUBはNookでは読めませんし、逆にB&Nで購入したEPUBはiBooksでは読めません(ただしiPad用Nookソフトであれば読める)。
仮に、ある書籍配信サイトで販売しているEPUBを購入したとして、そのサイトが電子書籍から撤退した場合、サポートが受けられなくなる可能性があります。電子書籍を閲覧するデバイスが新しくなった際には、ビューワもアップデートしなければDRM付きEPUBが読めなくなるかもしれないわけです。
この問題を解決するもっとも良い方法は、DRMの付いていないフォーマットを使うというものでしょう。DRMが付いていなければ、HTMLやPDF、EPUBといった汎用フォーマットや仕様が公開されているフォーマットを使っている限り、データがあるのに読めなくなるという事態は避けられるはずです。
ただし、不正コピーの防止ということを考えた場合、DRMフリーの電子書籍が主流になるというのは今の段階では難しいでしょう。
もう一つの方法としてDRMを共通化するというやり方もあります。主な販売サイトがDRMを共通化すれば、かりに自分が購入したサイトがなくなっても、別のサイト(あるいは共通の管理機構)がそのDRMのサポートを続けるかぎりデータを見ることが可能なはずです。もっとも、これも現状では、競合する各配信サイトが差別化のキーポイントともいえるDRMを共通化するのは難しいかもしれません。
現在、KindleやNookはさまざまなデバイスごとにソフトを開発し、無償で配布するという方法をとっています。これは、上記の方法をとらずにDRMの問題を回避するという意味では優れたやり方です。しかし、アマゾンやB&Nが永遠にサポートするという保証がない以上、DRMの運用についてあらためて考える必要はあるのではないでしょうか。
(田村 2011.8.1初出)
(田村 2016.11.7更新)