電子書籍と画面解像度
高解像度化が進むデバイス
パソコンのモニタというと、昔は13インチや14インチのブラウン管で画素数は640×480、800×600といったものが一般的でした。
その後、パソコンの性能向上とともにモニタの大型化およびブラウン管から液晶への切り替えが進み、今ではデスクトップ用で20インチ以上、画素数も1,920×1,080ピクセル(いわゆるフルHD)、1,920×1,200ピクセル(WUXGA)といったものが多くなっています。
ただしモニタのサイズやピクセル数が増えても、ピクセル密度、つまりいわゆる画面解像度が高くなるとは限りません。実際、特別な用途以外のパソコン用モニタの画面解像度は72~100ppi前後のままでした。
ところが、携帯電話、スマートフォン、そしてタブレットといったデバイスの登場が状況を変えることになります。
画面の小さなスマートフォンなどのデバイスでインターネットを閲覧したりソフトを使ったりするにはこれまでのような低い解像度は十分とは言えません。必然的に画面の高解像度化が進められることになりました。
なお、解像度と一口に言ってもジャンルによって意味するところが違います。パソコンやスマートフォンなどデバイスの業界で言われる解像度は一般に縦横のピクセル数を指します。一方、DTPでいう解像度はピクセル密度のこと。この文章ではDTPと同様ピクセル密度を解像度、ピクセル数はピクセル数と呼ぶことにします。
さて、スマートフォンの高解像度化を進める上で大きな役割を果たしたのがアップル社のiPhoneです。2010年発売のiPhone 4は、画面サイズはそれまでと同じ、画素数をそれまでの4倍に増やしたことで、326ppiという高い画面解像度をもつディスプレイを備えていました。アップル社はこのディスプレイは網膜を超えている、つまり目では認識できないほどの細かさだということでRetina(網膜)ディスプレイと名付け、大々的に売り出しました。
各社もこれに追従して次々に高解像度ディスプレイのデバイスが開発されていき(もっとも、Retina以前にも高解像度ディスプレイを備えた携帯電話はあった)、今やスマートフォンのピクセル数は大きなデスクトップ用モニタに匹敵するまでになっています。
たとえば、2013年に発売されたXperia Z1、HTC J One、Galaxy S4、AQUOS PHONEなどのハイエンドなAndroidスマートフォンは軒並み1,920×1,080ピクセルというピクセル数のディスプレイを備えています。これらのスマートフォンの画面サイズは5インチ程度ですから、解像度にして実に400ppiを大きく超える(HTC J Oneで468ppi)極めて高い画面解像度を持っているということになります。
スマートフォンよりも大きな画面を備えるタブレットでも高解像度化は進んでいます。アップル社がいわゆるRetinaディスプレイ(解像度は従来の倍にあたる264ppi)を搭載した第3世代iPadを発売したのは2012年ですが、2013年になると323ppiのNexus 7、Kindle Fire HDX 7、iPad Mini、339ppiのKindle Fire HDX 8.9といった、さらに高い解像度のディスプレイを持つデバイスが登場しています。
これ以上高い解像度は必要なのか
アップル社のRetinaディスプレイは人の網膜で捉えられないほどの細かさを持つという触れ込みですから、それが本当であればこれ以上高い解像度を持っていてもその違いを目で認識できないことになり、必要ないはずです。
ただし、実際に対象物を識別できるかどうかは対象物の細かさだけで決まるわけではありません。視力(網膜分解能)によっても変わりますし、対象との距離にも大きく左右されます。
デスクトップ・パソコンの場合、モニタから眼までの距離が比較的長いため、画素を識別できる解像度は低くなります。最近の大画面テレビなどもそうですが、一般的に画面が大きくなればなるほど眼との距離も長くなるため、(ピクセル数は変わらないとしても)必要な解像度は低くなるわけです。
一方、スマートフォンの場合は片手で持って見るというのが前提ですから眼との距離は比較的短く、ピクセルを認識できる限界の解像度は高くなります。
タブレットの場合、サイズが大きめのタイプは比較的眼との距離も大きく、7インチタイプなど小さなサイズの機種はスマートフォンと同じような使い方になり、眼からの距離も短くなる傾向があると思われます。
では、ユーザーにとって画面解像度の違いはどの程度影響があるものなのか。ここで実際に私の手元にあるいろいろなデバイスを見比べてみました。比較したのは、初代iPad(132ppi)、Kindle Fire HD 8.9(256ppi)、第3世代iPad(264ppi)、Kindle Fire HDX 8.9(339ppi)、そしてスマートフォンでも最高クラスの解像度を誇るHTC J One(468ppi)です。
解像度の違いを比べようとした場合、細かい被写体が写っている解像度の高い写真画像を表示させてみるというのが一般的でしょう。しかし、132ppiの初代iPadは明らかに画質が劣りますが、それ以外の250ppi以上の表示性能を持つデバイスともなると、再現できる色域に違いはあるものの細かさについてはあまり差が見分けられません。
考えてみるとこれらの解像度は、いずれも高精細印刷と呼ばれる印刷線数にして256~468線の印刷物(の網点)と同等です。250線以上の細かな網点を肉眼で識別できるのか、と考えれば、違いがあまり分からないのも当然でしょう。
これらのデバイスで違いが現れるのは、画像よりむしろ文字の表示品質です。文字の品質であれば、この程度の解像度でも数値が高ければ高いほどくっきりとして見えます。
もちろん、表示領域の大きなタブレットと小さなスマートフォンとでは目からの距離が違ってきます。眼から40cm以上離すとKindle Fire HD(256ppi)とHTC J One(468ppi)でもさほど違いが分かりませんが、10cm以下だと第3世代iPad(264ppi)とKindle Fire HDX(339ppi)でも違いが確認できます。また、HTC J One(468ppi)の文字品質は他とはやはり段違いです。
見やすさは人によって差があるため、あくまで個人的な見解となりますが、結論として、200ppi以下のデバイスは文字の表示品質の点で電子書籍を読むデバイスに適しているとは言えないでしょう(電子ペーパーは別)。電子書籍用デバイスとして考えると、最低でも250ppi程度、できれば300ppi以上がほしいところです。しかも、300ppi以上であれば変わらないということではなく、それ以上のかなり高いレベルでも解像度の違いが文字の読みやすさに影響を与えます(その後、電子ペーパー搭載専用機でも300ppiの機種が登場している)。
一方、画像の表示デバイスとして考えた場合、画面解像度の向上は画質にそれほど大きな影響を与えないだけなくデータの肥大化を招きます。
以上のことから考えると、デバイスの用途によって求められる最適な解像度は変わってくるということが言えます。たとえばWeb、動画の閲覧やゲームなどが主な用途である通常のタブレットは、200~250ppi前後の解像度で十分でしょう。一方、電子書籍をメインに考えるのであれば、できるかぎり高い解像度のほうが快適な体験を得られるのではないでしょうか。
(田村 2013.12.16初出)
(田村 2016.11.7更新)