字形のコントロール
字形の違いを管理する
漢字はそもそも中国で何千年も前に作られたものですが、発明された当初の形-すなわち甲骨文字と呼ばれるものは、現在私たちが使っている漢字とは形がかなり異なっています。
長い歴史の間に、私たちは漢字の形を洗練させ、楷書体や行書体、草書体、あるいは明朝体、ゴシック体など、さまざまなバリエーションを作り出してきました。その流れは現代も続いています。中国大陸では簡体字と呼ばれる形の文字が、また日本でも形を簡略化した文字が、現代になってから作られ、広く使われています。
ところで、文字の形の違いを考える上では、楷書や行書、明朝体といった書体の違いと、文字そのものの形の違いを分けて考える必要があります。書体の違いは、その書体がどのような経緯やコンセプトで作られたかなどの要因で生まれたものであり、形に関してはその書体全体で統一された傾向があります。たとえば、明朝体の「明」とゴシック体の「明」を比べると形の違いは一目で分かるでしょうが、それは書体の違いに由来しているわけです。
一方、文字そのものの形が違うというのは、意味も発音も使い方も同じ文字のはずなのに、書体の違いとは別に形が異なる文字が存在することを意味します。たとえば、「桧」と「檜」は、意味も発音も全く同じですが、形は明らかに異なります。しかも書体の違いはこの二つの文字の違いには無関係です。
こういった文字の形を「字体」と言いますが、「異なる字体」と言う場合は、誰が見ても明らかに違いが分かるような形の違いがあるというのが普通であり、ちょっと見た目には気付かないような微細な違いで由来的な違いも特にないようなものは、単なるデザイン的な違いと考え、同じ字体とみなします。ただし、形の違う文字があるとして、字体が異なるのか、それとも単なるデザインの違いなのかは一概に言えない微妙な問題です。
同じ文字とみなせ、しかも字体が異なるものを「異体字」と呼びます。異体字は、文字の中身としては同じでありながら、外見は別の文字と扱われるという意味で、特別な管理が必要な存在です。
印刷業界など文字を扱う仕事では、中身的に同じだから区別しなくてもいいというわけにはいきません。意味や発音、由来などが同じであろうがなかろうが、クライアントから字体が指定されればそれを再現しなければならないのです。
文字の形(字形)を思い通りにコントロールしてニーズに適ったデータを作るには、文字を管理するさまざまな技術を認識し、その文字がどの技術によって制御できるのかを理解しておく必要があります。ここではどのような技術についての知識が求められるのかを見ていきましょう。
文字コードによる管理
通常、コンピュータなどで文字を管理するには文字コードが使われます。文字コードは各文字に割り当てられた符号で文字を特定する仕組みですが、この文字コードは基本的に異体字を扱いません。つまり、形が多少異なっていても、文字の中身としては同じであれば文字コード的には同じ文字なのです。
ただし、実際には同じ文字コード中に複数の異体字が存在する場合も少なくありません。たとえば先ほどの桧と檜は異体字でありながら、文字コード上では別の文字として扱われます。
なお、現在よく使われる文字コードとしてはJIS X 0208(シフトJISも含む)およびユニコードが一般的ですが、使う文字コードによって再現できる異体字も変わってきます。たとえば、もっとも基本的な文字コードであるJIS X 0208では、異体字をほとんど区別することができませんが、収録されている文字数が多いユニコードの上位バージョンであればかなりの異体字を管理できます。
異体字を区別して使い分けたい場合、文字コードだけでは管理しきれないのが実情ですが、もし文字コードでの管理が可能であれば、テキストベースで管理できるだけに便利であり、もっともよい方法です。異体字を多く使う、あるいは特定の字体を使いたい(JIS 78字形など)場合には、ユニコードでテキスト原稿を作成するというのも考慮するべきでしょう。文字コードベースで区別できるのに、気付かず他の方法に頼るというのは少なくとも避けたいものです。
InDesign+OpenTypeフォントの字形指定
文字コードだけでは字体を管理しきれないような場合に、InDesign(インデザイン)などのアプリケーションでOpenTypeフォントの豊富な異体字を指定する方法があります。この方法を使えば、OpenTypeフォントに収録されている全ての字形を自由に指定することができるわけです。
ただし、この方法では、他のアプリケーションとのデータのやり取りで字体の情報が受け渡せないという問題や、InDesignの字形パレットでいちいち指定するのに手間が掛かるといった問題があります。もちろん、字形タグを利用して一括で異体字を指定できる場合もありますが、フォントによっては字形タグを割り当てる字形が違うなど、イマイチ使い勝手はよくありません。
とは言え、字形パレットで字形を確認しながら指定できるなど、字形を管理する際の信頼性という点ではこれ以上の方法はないのも事実です。
フォントによる字形変更
字体は抽象的な概念であり、フォントによって違うというのは問題です(ただし、ないわけではない)が、字体よりも微細な字形についてはフォントによって異なるというのもあり得ます。そこで、字形の違いはフォントの切り替えによってカバーするという方法があります。
これは昔から行われてきた方法ですが、フォントの切り替えだけでできるという手軽さがある反面、どのフォントが必要とする字形を含むかを把握している必要があり、また、フォントが変わっただけで字形が変わることから一歩間違えると事故にもつながりかねない危うさもはらんでいます。
なお、最近この方法は以前よりも重要になってきました。Windows Vista以降で搭載された標準フォントがJIS X 0213:2004字形をサポートし、さらにフォントメーカーもこれに対応したフォントを出してきたことで、従来字形とJIS 2004字形の切り替えがフォントの切り替えで行えるようになったのです。
フォントを替えるだけで字形が切り替わるので、便利ではありますが、システムによってテキストの標準の字形が変わってくるため、原稿作成者の字形に対する認識がどこまであるのかを確認せずに、この方法をむやみに使うのは危険かもしれません。
字形の問題は文化の多様性といった点にもつながる問題であり、技術が進んでも単純明快というわけにはいきません。それだけに、対処法へのユーザーの知識が求められる分野でもあります。
(田村 2008.7.22初出)
(田村 2016.5.25更新)