株式会社研究社 編集部
日本では長い間、英語は中学校から勉強する科目でしたが、最近は多くの小学校で英語の授業が始まり、必修化も予定されています。試験勉強で苦しんだ記憶からか英語は苦手だという人も少なくありませんが、インターネットによるグローバル化の急速な進展を見ると、子供にとっても、そして大人にとっても語学は避けて通れないものになりつつあるようです。
語学学習では、テレビやラジオといった音声・映像をそのまま見聞きできるメディアも大きな力を発揮しますが、文法や読解力などの力を付けるにはやはり紙の本にお世話になるというのが基本でしょう。今回紹介するのは、英語辞書や語学学習書で有名な株式会社研究社です。
語学系の老舗出版社
研究社は明治40年創業の老舗出版社ですが、創業当初から英語辞書や語学関連の雑誌・書籍に力を入れてきており、戦前・戦後を通じて英語教育に欠かせない存在であり続けました。最近は、電子辞書やインターネットの普及に伴い、オンライン辞書サイトの運用やWeb雑誌の配信、電子辞書メーカーへのデータ提供なども行っていますが、紙の書籍の発行が出版の大きな柱であることは変わりません。
研究社の発行する書籍は、基本的に関連会社である研究社印刷が組版・印刷しています。研究社印刷は昭和26年に研究社から分離独立した印刷会社で、その源は大正時代にさかのぼるということですからこちらもかなりの歴史を誇ります。
インフォルムが研究社の仕事をはじめて受けたのは2007年、『いろんな英語をリスニング』(2008年2月発行)という書籍の組版のみを担当するというもので、研究社印刷経由の仕事でした。当初は組版だけを受け持つ仕事が多かったのですが、2008年後半から、デザインを含めたいろいろな仕事も受けるようになっていきます。
2009年6月現在で、全体のデザインから組版までをこなした仕事としては、『想い出のブックカフェ』(2009年1月発行)『翻訳の秘密』(2009年3月発行)『究極の速読法―リーディングハニー 6つのステップ』(2009年3月発行)などがあります。
『想い出のブックカフェ』は、SF評論家でもある英米文学者の巽孝之慶應義塾大学教授が各メディアに書いた書評を中心にまとめた書籍です。四六判縦組みの本文中に英語の書名・著者名などが頻繁に出てくるなかで、読みやすさをいかに確保するかという点が組版上でのひとつのポイントとなった本でした。
『翻訳の秘密』は、売れっ子翻訳家として数多くの英語作品を訳してきた小川高義東京工業大学教授が、さまざまな英文を題材に具体的な翻訳のコツを分かりやすく解説するというもので、テーマが翻訳だけに英文が豊富にあるのが特徴です。
『究極の速読法』は、組織マネジメント、マーケティングなどさまざまな分野のコンサルタントとして活躍する松崎久純氏が自らが開発した速読法「リーディングハニー」の具体的な手法を丁寧に解説するという縦組みの本です。
いずれの本も巻末に横組みの索引もしくは書誌データのページが設けられていますが、本文が縦組みの『想い出のブックカフェ』『究極の速読法』では、ノンブルをさかのぼるいわゆる逆ノンブルで組まれています。
難しい欧文の組版
ここで、『想い出のブックカフェ』と『翻訳の秘密』の担当編集者である研究社編集部の金子靖氏にインフォルムの仕事についてお伺いしてみましょう。
金子氏は、編集業務の傍ら、翻訳やコラム、書評も手掛け、さらに東京工業大学や早稲田大学で講師を務めるなど、多彩な活動を行っています。書店でのイベントに積極的に関わり、2004年の青山ブックセンター再建運動では中心となって奔走するなど、書店に対しても心配りを欠かさない編集者のひとりです。
株式会社研究社編集部金子靖氏
「『想い出のブックカフェ』『翻訳の秘密』のどちらも大変素晴らしい出来栄えで喜んでいます。デザインが本当に素晴らしくて、今度はパッケージ(装丁)までお願いしたいと思っています。
英語の場合、組み方が問題になってきます。英文の組み方は研究社印刷が日本でも一番だと思いますが、それと同じレベルでないとうちは頼めない。インフォルムはそれをみごとにこなしてくれるわけです。私や研究社印刷が忙しい時に他の会社に頼んだこともありましたが、こちらの要求を完全に満たしてはもらえませんでした。
私は今年は年間12冊刊行に挑戦する予定なのですが、一冊一冊のクオリティは落とすわけには絶対にいきません。インフォルムであれば、何冊かは安心してお願いできます。
研究社印刷は欧文の組み方が本当にうまいのですが、インフォルムも同じくらい上手です。ソフトの設定、使い方がうまいのでしょうね。欧文も和文もきちんとできるというのはすごいことだと思うんですよ。
他の欧文系の出版社もインフォルムをどんどん使ってほしいですね。欧文系であればインフォルムに任せてしまえるということはずいぶんあると思います。
研究社の場合、特に英語で間違いがあってはいけないのですが、それも完璧にやってもらいました。内校をきちんとやってもらえるので信用できます。そして、校正しながらいろいろ気づかれて、こちらに貴重なフィードバックをいくつも戻してくださいます。
今は、データがなくて入力からという仕事はないですが、『想い出のブックカフェ』ではそれをしなければならなかった。でも、インフォルムは入力からクリアしてくれたので、本当にありがたかったですね。今そんなことをやってくれる印刷会社なんてほとんどないでしょう。
『想い出のブックカフェ』は一度雑誌などで発表済みの文章なので問題点はあまりなかったと思いますが、原稿から丸々お願いするという場合はとにかく原稿通り入力してもらって、それを校正で「こうじゃないですか」と指摘してもらうとありがたいわけです。インフォルムは、そういった場合に付箋できちんと指摘してくれる、大変ていねいな仕事で助かりました。内校はとにかく素晴らしいです」
イメージを的確に伝える
インフォルムがデザインから実際の組版作業まで全て行ったのは上記の3冊ですが、その他にデザインのみの仕事も受けています。組版は基本的に研究社印刷で行うというのが原則ですから、今後はデザインのみの仕事が増えてくるかもしれません。
デザイン作業では、すぐれたデザインを作るのはもちろんながら、それ以上に編集の意図をいかにくみ取るかが重要なポイントになってきます。研究社の仕事に関して、インフォルムのデザインチームはどう対応したのかについてさらに伺ってみます。
金子氏
「デザインについては、自分が思っていたイメージと違うものが出来てしまうということはあり得ます。そういった時、こちらも自信がないときもあるので、うーん、どうなんだろうな、と。そういう場合に、お互い言い合える関係だといいなと思います。
インフォルムの場合も、何度もやり直しをしてもらったんですが、そのたびにどんどんよくなる。それがいいですね。どんなに言ってもダメな人はダメなんですよ。こちらも漠然としたイメージでの言い方しかできないので、相手にしても「何言っているの?」となるんでしょうけど。
漠然としたイメージでも、パターンをいくつか作ってきてくれれば、この見栄えで書体はこれを使って、小見出しはこれ、となる。ひとつだけだと、結局注文も言いにくいし、言ってもなかなか伝わらない。インフォルムはそれを簡単にやってくれるんです。編集と下請けの印刷というのではなく、著者に原稿を依頼してサンプル原稿を3つくらいもらうという感じですね。そこからだんだんと絞り込んでいく、これが丸投げできる良さでもあるわけです。
どんな本を作るにしても、編集者がすべての指示をする時代はとっくに終わっています。いいレイアウターがいないと困る時代だと思います。編集者が「だいたいこういう感じ」と言って、何度か出してもらうということですね。
この本を作る際、最初にインフォルムの担当営業に別の本を見せて「このイメージで」とお願いしたんですが、彼はイメージは聞いたものの、「デザイナーが固定観念を強く持ってしまうから本は置いていきます」と。自分でこんな感じだと伝えて、本はあえて見せないということができる、これは一流の仕事だと思いました。
普通、「この本で」と言えば、その通りにすれば編集者を納得させることも簡単でしょう。でも、やっぱりそうではないんですね。デザイナーがそれにとらわれすぎちゃう。そのくらい非常に難しいことが簡単にできてしまうんですね、インフォルムは。逆に、私もそこまで言ってくれるんであれば、常に新しいことをやらなければいけません。昔はそれでよかったが、常にそれでいいわけではないということです。
そこら辺を営業がうまく伝えて制作がやってくれているんだと感じます。営業とデザインの距離がすごく近いんでしょう。言ったことがすべて伝わるという気がします。チームワークがいいんだと思いますし、それができるのは素晴らしい。
デザインに注文をつけてちゃんと応えられるというのはありがたいことですよね。やっぱり我々はお客さんを喜ばすのが商売で、お客さんに買ってもらわなければならないのですから、それと同じ方向をデザイナーが向いてくれていないと困る。そこで勝手に主張されてしまっては困るわけです。お互いが同じ方向を見ていて、お客さんを喜ばせてくれるような作り方をしてくれるというのが一番ありがたい。こちらの言わんとしていることをよく分かってくれるというのがインフォルムの素晴らしいところです」
信頼できるパートナーとして
出版社にとって、クオリティと効率は大きなテーマと言えます。いい本を作り、きちんと出版するためには、クオリティを追求するだけでもだめでしょうし、効率を求めるだけでもうまくいかないでしょう。編集者は常にそのはざまで本を作っているわけですが、そういった編集者をどれだけサポートすることができるか、ということもデータを制作する側には求められてきます。
メディアがますます多様化する現代において、編集者へのサポートは、従来のようなきまりきったことだけでなく、専門分野の知識と経験をどのように活かすかという点がポイントになってきます。
金子氏
「小回りが利くというのもインフォルムのいいところです。仕事もとにかく早いです。予定通り全部やってくれて、必ず予定に間に合わせてくれる。索引などもかなり難しい作業だったのですが、あっという間に作ってくれました。索引作成用のPDFもすぐにアップしてくれて助かりました。
やっぱり信頼できるプロにお任せしてしまえば、それで時間というものがかなり節約できるわけです。昔はひとりで年間8冊作るなんて、とてもできないと思っていました。今年は年間12冊に挑戦するわけですが、インフォルムに2冊作ってもらいましたから、たぶんできるでしょう。
スピードをどんどん上げていくというのは編集者にとっても大事なことです。20代30代のほうがもちろん体力はあったでしょうが、いろんな人を知っていけば、経験も技術もどんどんついていきます。そういう意味で、心から信頼できる印刷会社は絶対必要です。信頼できる人がいれば仕事がどんどん入るようになり、無駄がなくなる。
私はジャズやブルースやロックが好きでライブにもよく行くんですが、印刷でも音楽でも一番の基本がしっかりしていないとだめなんだと思います。音楽でも、どんなに楽器をうまく演奏しても、PA(音響)がしっかりしていないとお客さんに音が届かないでしょう。舞台でプレイするのは著者でしょうけど、インフォルムは本当に優秀なPAで音を整備して出してくれているという感じがします。
我々としては、中身というのは当然一番大事なのですが、見せ方ということも常に考えておかないといけない、それはインフォルムと2冊の本を作って本当にそう思いました。
印刷会社から教わることはすごく多いですし、我々も知識を吸収したい。編集者の場合、自分がこうだと思ってしまうと結局自分が伸びないですから、もっと時間を効率的に使い、さらに安く、何といってもお客さんが一番喜ぶものを作る、そういう意識でいないとだめですね。それにはやっぱり、信頼できるパートナーと付き合わないとだめということではないでしょうか。
デザインや組版では、印刷会社にアドバイスを聞きたいという編集者は多いと思います。魅力的な中身は我々が作らなければいけないけれども、読者が読んで活字がすごく魅力的だとか、紙の手触りがいいとか、そういったことは印刷会社がこれまでもやってきたでしょうが、さらに知恵を絞ってお願いしなければならない。編集者では分からないところがあるんですよ。
出版業界は本当に厳しいです。ますます厳しくなってくる。書店も厳しいので、私はこういう活動(金子氏は書店のイベントなどで講師をするなどの活動も行っている)も無償で行っています。出版事業を続けるには、うまくコストの安い作り方をして、お客さんに喜んでもらい、売り上げを伸ばすということをしていかないといけない。結局それで書店の人にも喜んでもらえるでしょうし。
今後も紙に印刷するという仕事は残るでしょうけど、形態は全然違うものになっていくかもしれませんし、思い切った変革も必要かもしれません。電子化やインターネット配信などもますます考えていかなければならないかもしれません。
そうなると、産業形態も大きく変わってしまうかもしれません。それは私には分かりませんが、ただ、書店がなくなってしまうのは困る。
紙というのは昔からほとんど変わっていない。もっと進化して、今の時代に対応するものができるんじゃないかなと思います。本は紙で読むのが一番目にもやさしいわけです。我々はそれを頑張って作ってきたわけですから、その良さを残しつつ、印刷会社にはさらに発展させてもらいたいと思います」
研究社Webサイト(http://www.kenkyusha.co.jp/)