句読点
句読点はいつから始まったのか
現在私たちが目にする日本語の文章には句読点が使われています。私たちはこれらの句読点付き文章を当たり前のものと考えていますが、実は日本語の文章に句読点が使われるようになったのはそれほど古いことではありません。
当初は仮名がなかったため漢文が主だった日本の文章にも、平安中期になるとひらがなでつづられた物語などが盛んに作られるようになりました(公用文は後世に至るまで漢文で書かれていた)。当時のかなは今よりも字体が多く、しかもいわゆる「連綿」つまり文字が連続した形で書かれていたため、現代人からするとかなり読みにくいものでした。
もちろん、句読点などは存在していない時代です。墨継ぎや改行などで意味が区切れている場合もありますが、意味の区切りと必ずしも一致していたわけではありません。要するに、当時の文章はどこからどこまでがひとつの文かすら一目では分からないような形で書かれていたのです。
時代が下り、江戸時代になると木版印刷が発達、それまで限られた人たちが書写によって受け継いできた書物が庶民の間に普及します。これは印刷といっても活字を使うのではなく、手書きの原稿をもとに木を彫って版にしたもので、連綿なども再現されていましたが、それでもこのころから文の区切りを明示する工夫が現われるようになってきました。
たとえば、式亭三馬の『浮世風呂』では、文における区切り記号として現代語と同じ「。」が使われています。ただし「、」はなく、句点も読点も「。」を使っているので慣れないとちょっと戸惑うかもしれません。三馬は話し言葉をそのまま文章に写し取るという作業を極めて意識的に行った作家であり、この「。」も話し言葉における区切り(息継ぎ)を文章に再現するために必要な記号だったと考えるべきでしょう。
もっとも、こういった記号は一部の文芸作品に散見されるものの一般に普及していたわけではないようです。明治に入っても、句読点のない文章が主流なのは変わりませんでした。大正時代、芥川龍之介はこう書いています。「僕等は句読点の原則すら確立せざる言語上の暗黒時代に生まれたるものなり」(『文部省の仮名遣改定案について』(1925年)より)
明治の後半になると、ようやく句読点が書物など一般の文章にも見られるようになってきます。印刷物に限れば、昭和に入る頃には文章に句読点のあるのが当たり前(古典は除く)という状況になっていたようです。
縦書きと横書き
ここで問題なのは、句点・読点にどのような記号を使うかという点です。江戸時代から明治の頃までは白抜きの「、」といった記号や、句点と読点に区別をしない使われ方もありましたが、句読点を付ける習慣が普及するにしたがって、読点に「、」句点に「。」を使うというのが一般的になってきました。
現在のところ、縦組み印刷物の場合は「、。」でほぼ統一が取れています。ところが、横組みの文章に関しては状況がかなり違ってきます。
横組みの場合に使われる句読点としては「、」「。」のほか、読点に「,」(コンマ)、句点に「.」(ピリオド)も使われます。組み合わせとしては、「、。」「,。」「、.」「,.」の四通りがあり得ますが、実質的には「、。」「,。」「,.」のいずれかになります。
句読点が統一されていない、しかも縦組みと横組みで異なる場合があるというのは、文章を書く人間にとっても印刷物で文章を組む人間にとっても面倒な話です。どうしてこんなことになったのでしょうか。
句読点に「,.」を使うのが欧米の文章の影響であることは間違いないところでしょう。戦前から、理系の書籍・雑誌や語学書など欧米の印刷物に強く影響された出版物では「,.」が使われていました。ちなみに、戦前は右から左へ流れる横組みがありましたが、一冊丸ごと横組みの本では、現在と同様左から右に流れる横組みが採用されています。
理系や語学の出版物の場合、欧文が引用されることも多く、欧文中で使われているコンマ・ピリオドと整合性を図る意味でも句読点に「,.」を使った方が都合が良かったわけです。
ただし、そういった欧米の影響下にあるジャンル以外の印刷物でも横組みが使われるようになってくると、縦組みで使い慣れている「、。」を使うものが増えてきます。特に戦後は横組みの印刷物が急速に普及したため、「、。」を使う横組みの印刷物も数多く出回っています。
「くぎり符号の使ひ方」
昭和二十一年、文部省教科書局調査課国語調査室は、日本語の文章をめぐる混乱した状況をかんがみ、教科書および同省で作成する文書の基準を作る目的で、国語表記法に関する一連の案を作成します。そのうちのひとつが「くぎり符号の使ひ方〔句読法〕」です。
この案は、文部省大臣官房調査課が明治三十九年に草案を作った句読法(案)を元に、口語文の句読法についての基準を示したものです。具体的に見てみましょう。
「主として縦書きに用いるもの」として、句点「。」、読点「、」を使うとされ、さらに準則として「。」は「カギ括弧の中でも文の終止にはうつ」「引用語にはうたない」「引用語の内容が文の形式をなしていても簡単なものにはうたない」「文の終止で、カッコをへだててうつことがある」などと書かれています。
また、「、」の準則では、「第一の原則として文の中止にうつ」「終止の形をとっていても、その文意が続く場合にはテンをうつ。ただし、他のテンとのつり合い場、この場合にマルをうつこともある」「第二の原則として、副詞的語句の前後にうつ。その上で、口調の上から不必要のものを消す」「形容詞的語句が重なる場合にも、前項の原則に準じてテンをうつ」といったことが書かれています。
一方、ピリオド、コンマは「もっぱら横書きに用いるもの」とされ、さらに準則では「ピリオドは、ローマ字文では終止符として用いるが、横書きの漢字交じりかな文では、普通には、ピリオドの代りにマルをうつ」「テン又はナカテンの代りに、コンマ又はセミコロンを適当に用いる」と書かれています。
「、。」は“主として”縦書きに用いると書いてある以上、横書きに“も”使え、「,.」は“もっぱら”横書き、つまり縦書きには使わないということになります。しかも、ピリオドは“漢字交りかな文”、要するに普通の日本語の文章には使わないとされているわけです。
この「くぎり符号の使ひ方」は、長い間教育関係文書・出版物における句読法表記の指針とされてきました(現在も生きている)。また、昭和二十七年に国語審議会から出された「公用文作成の要領」の中に「句読点は,横書きでは「,」および「。」を用いる。」という一文があり、これらを根拠として、横組みの教科書などでは「,。」を使うというのが一般的のようです。
これに対して、共同通信社がまとめた「記者ハンドブック」では横組みの場合でも句点に「。」、読点に「、」を使うとされています。
現状では、一般的な横組みの出版物は「、。」、教育関係は「,。」を使うのが主流であり、また、理系の書籍では「,.」もよく見られる、ということが言えるようです。
実際に組版をする側からすれば統一してもらったほうがありがたいわけですが、それぞれに歴史的背景があり、どの組み合わせがよいかも一概に言えない以上、日本語における句読法が近い将来統一されることはまずないでしょう。私たちにできることは、少なくとも各印刷物の中では統一し整合性を図る、くらいしかないのかもしれません。
(田村 2008.2.18初出)
(田村 2016.5.25更新)