DTPの基本フォーマットになるPDF/X(其の二)
PDF/Xは安全ではない
PDFは、従来のアプリケーション・データと比べると安全性の高いデータです。だからこそ、次世代の電子入稿フォーマットと目されてきたわけですが、書き出し方によって性質が大きく異なり、しかもいったん作ってしまうと作り変えることが難しいという問題点もあります。そのため、入稿はPDFであれば何でもいいということだと、出力現場は大混乱に陥ってしまいます。
そこで、PDFにあらかじめ条件を付け、それをクリアしたPDF―つまりPDF/X以外は入稿には使えないというルールにすれば、少なくとも印刷できないPDFが出力現場に渡されることはなくなります。
では、PDF/Xであれば安全な出力が実現されるのでしょうか。PDF/Xの仕様では、フォントの埋め込みやカラースペースといった条件が付けられますが、細かな指定は含まれていません。
たとえば、画像の色を考えてみましょう。デジタルカメラで撮影されたRGB画像などをCMYKに分解するという作業は、Photoshopさえ持っていれば誰でもできます。
しかし、どのようなCMYKに分解するのかということは、誰にでも分かるような簡単なことではありません。本来であれば、実際に印刷される印刷機や用紙に合わせてCMYK分解するべきであり、CMYKになっていれば何でもいいというわけではないのです。
また、オフセット印刷機にはトラッピングという現象があり、CMYKをそれぞれ100%で印刷しようとしても後から刷るインキは紙に転写されにくくなります。そのため、色分解する際には印刷機に合わせてインキ総使用量をコントロールしなければなりません。枚葉印刷機と輪転印刷機では同じ紙を使ってもインキ総使用量が違ってくるなど、同じPDFでも印刷機が変わると印刷不良が生じるといったトラブルが起きる場合があるのです。
同様に、画像の解像度も、印刷によって適切な数値が変わってきます。カラーオフセット印刷であれば350ppiが日本だと標準ですが、新聞だともっと低い数値で済みますし、高精細印刷だともっと高い解像度が望ましいとなります。ソフトウェアのマニュアルなどで多用される画面キャプチャなどは、さらに低い解像度でも問題ありません。
このように、仕事によって、求められる条件はさまざまであり、それぞれの条件をクリアしたPDFでないと実際には使えないのです。PDF/Xというだけではこれらの条件を満たしたことにはならず、安心して使えるPDFとは言えないわけです。
なお、PDF/Xでは印刷のカラーマネージメントに関する情報として出力インテントが使われることになっており、AcrobatやInDesignなどPDFを書き出す製品にはJapanColor2001などのプロファイルを出力インテントとして組み込む仕組みが付加されています。これを使うことで印刷で必要な条件を指定するということですが、一般的な色管理情報としては問題ないとしても、実際の運用面だと十分ではない場合もあるでしょう。
ローカルルールは現実的か
さて、それでは本当に安心して“印刷に回せる出力を保証する安全なPDF”を作るにはどうすればいいのでしょうか。
出力・印刷でどういった条件が求められるのかは出力・印刷環境や仕事によって異なります。そのため、出力現場や印刷現場が綿密に検証をしながら、その仕事に本当に必要となる条件を抜き出し、その必要条件に従ってPDFを作らなければなりません。つまり、印刷や出力環境ごとに異なる条件でPDFを作るしかないということになります。
印刷会社へのデータの入稿フォーマットとしてPDFが利用されることを考えると、まず印刷会社が自社の出力・印刷条件に適したPDF書き出しやプリフライトの設定を作り、それをクライアントなどに配布して使ってもらうというのが理想的でしょう。
AcrobatやPitStopを使えば、PDFのプリフライト・チェックも簡単にできます。データを作る側は、印刷会社にもらった設定を使ってPDFを書き出し、プリフライト・チェックをして入稿する。受け取った印刷会社は、念のためもう一度プリフライト・チェックを行い、自社の印刷条件に適したデータであることを確認してから出力・印刷を行うという流れです。
ただし、現実の印刷ワークフローで、印刷会社ごとのローカルルールに則ったPDFのやり取りが本当に普及するかどうかという点が問題です。
データを制作する側で考えた場合、少なくとも付き合いのある印刷会社の数の設定が必要です。さらに仕事によって設定の数が増えることもあり、かなり面倒なのも事実でしょう。設定が増えればかえってミスの危険も増大することもあり得ます。
また、設定をどのように入手するか、印刷会社からすればどのように配布するかということも重要な問題になってきます。
そこで登場したのが、PDF/Xよりも細かく条件を指定でき、しかもローカルルールよりも汎用性が維持されたPDF―PDF/X Plusです。
PDF/X Plusとは
PDF/X Plusは、入稿用PDFに求められる条件を仕事によって分類し、いくつもの仕様に細分化したものです。
PDF/X Plusを作ったのは、ベルギーのゲント市に拠点を置くGhent PDFワークグループです。ヨーロッパでは、早くからPDFによる広告入稿が進んでいました。Ghent PDFワークグループは、欧米の広告・印刷関連の各種団体やAdobe、Agfa、Creo、Heidelberg、Screen、Enfocus、QuarkといったDTP・プリプレス関連ベンダーなどが集まって作られた団体で、PDFによるデータ入稿を推進するための共通仕様をまとめる活動を行っています。
PDF/X Plusは、PDF/Xをベースにし、さらに条件を付け加えることで、PDF/X-1a、PDF/X-3をベースにしたそれぞれ9種類の仕様にまとめられています。ここではPDF/X-1aベースの9種類について見てみましょう。
広告向け
・NewspaperAds: 新聞用。中解像度可、CMYKと特色
・MagazineAds: 雑誌用。高解像度、CMYKのみ
枚葉印刷機による商業印刷物向け
・SheetCmyk: CMYKのみ
・SheetSpotHiRes: すべてのカラー
・SheetSpotLoRes: すべてのカラー。低解像度可(警告のみ)
輪転印刷機による中解像度(100~300dpi)可の商業印刷物(新聞)向け
・WebCmykNews: CMYKのみ
・WebSpotNews: すべてのカラー
輪転印刷機およびグラビア印刷機による商業印刷物向け
・WebCmykHiRes: CMYKのみ
・WebSpotHiRes: すべてのカラー
これらの仕様では、さらに、インキ総使用量や最小文字サイズ、最小線幅なども定められています。
Ghent PDFワークグループでは、印刷用PDFを作る上で、元データ作成から、PostScript書き出し、PDF変換・書き出し、プリフライト、修正までを含めたワークフロー全体を見据えた活動をしています。Ghent PDFワークグループのベンダー・メンバーは、それぞれの製品でPDF/X Plusをサポートした設定を提供しています。
Enfocus社は、PDF/X Plusの仕様に基づいてPitStop用のPDF Profiles(PDFのプリフライトおよび編集を行う設定ファイル)を用意しています。また、Adobe社もDistiller 6および7用のPDF設定を提供するなど、各社製品でPDF/XPlusを利用するための環境が整いつつあります。
なお、PDF/X Plus用の設定ファイルはGhent PDFワークグループのWebサイト(http://www.gwg.org/en/index.php)でダウンロードすることが可能ですが、注意しなければならないのは、日本向けの設定ではないということです。たとえば、画像解像度は高解像度用で300dpiが標準であったり、2バイトフォントは警告が出されたりなど、各設定が欧米での使用を前提に作られているのです。
本来であれば、日本用の設定を作り、中立的な機関で配布されるのが望ましいのですが、今のところそこまでの動きはないようです。
(田村 2006.2.13初出)
(田村 2016.11.4更新)